司法修習生の「落第」急増

http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20041011AT1G1000710102004.html

司法関係者からは「数を増やして質が下がった」との声も出ているが、最高裁は慎重な姿勢だ。

昔に比べて、全体の数が増えていますから、軽々に論じられないと思いますが、例えば、私の期では不合格・留保はいませんでしたし、2回試験に合格するレベルが上がったり下がったりもしていないはずですから、「質が下がっている」という可能性は高いと言えるでしょう。特に、底辺の10パーセントから20パーセントくらいの下がり方が激しくて、こういった結果になっている可能性があります。
司法研修所入所後の教育が身に付いていないという可能性も含めて、検証が必要でしょう。

新潟知事選で多賀、泉田氏が横一線…読売世論調査

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041011-00000301-yom-pol

かなりの接戦のようです。泉田氏は、平成の初めからの個人的な知り合いで、温厚で立派な人なので、個人的に応援しています(と言っても、メールで「頑張って下さい」と激励しただけですが)。

進化する経済犯罪vs特捜検察

http://www.mainichi.co.jp/life/family/syuppan/economist/041012/1.html

戦後の大きな流れが鳥瞰されており、参考になります。

話は「歴史」をさかのぼるが、田中元首相を支えた神楽坂の芸者、辻和子さんが最近出版した自伝『熱情』に、保釈直後の元首相が「三木にやられた」と繰り返した場面が再現されている。これが当時の三木武夫首相を指すことは明白だが、それは言い換えれば世論の代表としての三木首相だったのではないだろうか。
 振り返ってみると、元首相逮捕までに自民党内では捜査に積極的だった三木首相を標的に、執拗な「三木降ろし」が繰り返された。これに対して『毎日新聞』などは、世論とともに三木首相をバックアップするキャンペーンを展開し、「三木イコール世論」の図式が出来上がった。

辻さんの本のその場面は、私にも印象的でした。確かに、当時の三木首相が、田中逮捕を阻止しようと思えばいくらでもできたはずで、阻止しなかったことだけでも、田中元首相としては「やられた」という被害意識を持ったのでしょう。
昭和50年代は、「金権腐敗」と「政治改革」が、田中元首相の存在(「闇将軍」として君臨)を軸に、激しい攻防を繰り広げた時代だったと思います。今の、改革派と「抵抗勢力」の争いに似ていますが、刑事被告人が日本の政治を実質的に支配するという状況下のことで、法務省検察庁が受けたプレッシャーは、言葉では言い表せないほどのものだった思います。
亡くなってみると、田中元首相も三木元首相も懐かしいですね。田中元首相の政治力は、卓越したものだったと思いますし、三木元首相の、反対派に攻められても、政治改革の旗を降ろさず徹底的に粘り抜く姿勢も、相当なものがありました。
ロッキード事件は、日本にとって不幸な事件でしたが、この事件自体が多国籍企業であるロッキード社による国際的なスキャンダルであった中で、元首相まで訴追の対象にできたのは日本だけであり、日本の刑事司法の健全性を世界に知らしめることができたことは、大津事件にも匹敵する歴史的なことだと私は考えています。

検索サービスが直面する問題(特に刑事)

小倉弁護士のブログ
http://blog.goo.ne.jp/hwj-ogura/

で、「検索サービスの抗弁の必要性」が論じられており、興味深く読みました。私の問題意識と共通するところが多いのですが、特に感じたのは、刑事面におけるサービス提供者の保護の必要性です。
小倉弁護士は、

検索対象となるデータが第三者の権利を侵害するものであったとしても、個々の侵害データについて具体的かつ確定的に第三者の権利を侵害するものであると知らなかった場合には検索サービスの提供者は幇助責任を負わないとする法律

の必要性も指摘されていますが、こういった法律(刑事における一種のプロバイダ責任制限法)については、先日、奥村弁護士や私などが出席した座談会でも、話題の中に出ていました。
そういった法律が存在しない現在においては、検索サービスの提供者は、たとえ、ロボット検索の結果が表示されているに過ぎない場合であっても(問題が生じるほとんどの場合はこのパターンですが)、上記のような権利侵害性、違法性のある情報(よくあるのは名誉毀損、わいせつ画像等です)について、「幇助」責任を追及されかねない危険を常に抱えています。
私は、解釈により、こういった場面での検索サービス提供者の刑事責任は、「違法な情報かもしれない」といった程度の未必的なものでは足りず、違法情報であることが客観的に明白であり、かつ、そのことを確定的に認識・認容している場合にしか刑事責任は発生しないと考えるべき、と主張していますが、こういった考え方は、おそらく、一部の捜査機関に代表され、また、一部の浅薄な思考しかできない「学者もどき」も同調している、「広範なサービスを提供しているものはサービス提供による危険防止についても広範な責任を負うべきだ」「悪用のおそれのあるソフト等を開発、配布するものは悪用防止措置を講じる法的義務を負っている」といった、プロバイダ等に犯罪防止義務を科す偏った考え方からは、徹底的に排斥されることになるでしょう。
心あるプロバイダ、検索サービスの提供者は、対立、錯綜する利害関係の狭間に立って、自らリスクを取りつつ、ケースバイケースで慎重に対応していますが、「文句を言われたらさっさと消してしまえば良い」といった、安易な対応をしているプロバイダ等も少なくないのが実状です。
もちろん、不特定多数の目に触れるべきでないことが明らかな情報は、速やかに削除等の措置が講じられるべきですが、プロバイダ等が、常に刑事責任を問われかねないという圧力(winny開発者を巡る一連の事件でも、開発者以外でソフトを配布していたサイトの運営者が捜索の対象になったと報道されており、捜査機関がその気になればいくらでも圧力がかけられることを想起すべきでしょう)にさらされているというのは、表現の自由の実質的な保障や思想の自由市場の確保、といった点で、好ましいこととは言えないと思います。
こういった問題意識を持つ法律実務家は、小倉弁護士奥村弁護士と私のほか、数えるほどですが、今後とも、winnyの問題にとどまらない、インターネット全般に関わる重要な問題であり続けることは間違いないと考えています。

高知地裁の書記官がセクハラ 所長は口頭注意だけ

http://www.asahi.com/national/update/1011/015.html

調査に対し、馬渕所長は「首席書記官の謝罪の意を被害者に伝えており、その後、被害者から連絡がないので解決したものと認識していた」と話したという。

謝罪したかどうか、被害者が納得したかどうかということよりも、そもそも、そういった行為の悪質性、そのような行為に及ぶ人間の、公務員としての不適格性が問題であることに思いが至らないようでは、裁判所長という重責は果たせないでしょう。